「○○さんは、本当に強いね」
その言葉を投げかけられるたび、胸の奥がチクリと痛む。そんな経験はありませんか?
いつも明るく振る舞い、トラブルが起きても「大丈夫、なんとかなるよ」と笑ってみせる。
周りからは「しっかり者」「心配いらなさそう」と思われ、頼られることの方が多い。
でも、本当は違うんです。 強く見える人ほど、実は誰よりも深く傷つき、誰よりも
独りきりで涙をこらえている。
今日は、そんな「強がりの仮面」を脱いで、私の本当の胸の内をお話しさせてください。
1. 暗い天井を見つめて繰り返す、終わりのない「反省会」
静まり返った夜。一人で布団に入ると、決まってあの瞬間がフラッシュバックします。
「雇用止め」を言い渡された、あの日の空気、あの人の表情。
消したはずの明かりの代わりに、脳内では「後悔」という名のスポットライトが激しく点滅し始めます。 「どうしてこうなったんだろう」「私の何が悪かったんだろう」「あの時、ああしていれば……」
暗い天井をじっと見つめながら、答えの出ない問いがぐるぐると堂々巡りをする。 夜風の冷たさすら感じないほど、心は過去の失敗に縛り付けられ、気づけば涙が枕を濡らしている。
「強い」と言われる私の正体は、夜な夜な自分を責め続け、ボロボロの心を引きずって、
無理やり朝を迎えているだけの、ただの人間でした。
2. 「転んでもただでは起きないね」という言葉の棘(とげ)
無職になってから数週間。何かに追い立てられるように求人を探し、このブログを立ち上げ、必死にもがき続けてきました。 そんな私を見て、ある知人が言ったんです。
「強いね。自分の雇用止めをネタに記事にできるなんて、本当に転んでもただでは起きないね」
その人は、純粋に私を褒めてくれたのだと分かっています。 でも、その瞬間、私の胸には鋭い棘が刺さりました。
──転びたくて、転んだわけじゃない。
立ち上がるまでに、どれだけ心が悲鳴を上げたか。 暗い部屋で一人、自分の価値がゼロになったような絶望感とどれだけ戦ったか。 「強い」と言われるたび、本当の私が置いてけぼりになっていくようで、ますます苦しくなっていきました。
3. 「大事なのは転んだ後」と言った自分を責めて
私は子どもたちに、偉そうに言っていました。 「派手に転んでもいい。大事なのは、転んだ後にどう立ち上がるかだよ」
でも、今の私はどうでしょう。 仕事は決まらない。在宅での収入もゼロのまま。「雇ってもらえるスキルがない」という残酷な現実を突きつけられ、自分の価値がどんどん削られていくような感覚。
情けなくて、悔しくて。 負の感情を「笑顔」で抑え込む毎日。私は全然、強くなんてなかったんです。
4. 「途中」のままで、歩いていく
もし、あなたも今、誰にも言えない弱音を飲み込んで「強い人」を演じているのなら。
私は、あなたにこう伝えたい。
「強くなくていい。ボロボロのままでいい」
強そうに見える人ほど、本当は弱音を飲み込んで、誰にも見せない場所で泣いて、それでも必死に
「明日」という日を選び続けています。
私もまだ、何も掴めていません。再起の途中で、足は震えています。 でも、それでいいんだと思えるようになりました。
私たちは「途中」なんです。 完璧に立ち直っていないからこそ、同じように暗い天井を見つめている誰かの痛みに、寄り添うことができる。 「途中」だからこそ、まだ見ぬ明日へ、泥臭く歩き続けることができる。
私もまだ途中。あなたもきっと途中。
だからこそ、一緒にゆっくり歩いていきませんか。



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