キスマイファン歴15年の本音。推し活の「倦怠期」をどう乗り越える?大人のファンが辿り着いた心地よい距離感

50代の暮らしと心の整え方

はじめに

「最近、前ほど熱心にキスマイを追えていない気がする……これってファン失格?」

Kis-My-Ft2を推し始めて15年。
かつては雑誌を買い漁り、ラジオもドラマも全チェック、SNSの更新一回一回に一喜一憂していたはずなのに。気づけば、ドラマも「録画したまま放置」、ライブも「どうしようかな……」なんて迷っている自分がいる。

付き合ってもいないのに、まるで長年連れ添った夫婦のような「倦怠期」。

今日は、15年という長い月日を彼らと共に歩んできたファンだからこそわかる、「推し活の倦怠期」の正体と、その先にあるもっと深い愛の形についてお話しします。

推し活15年。「熱狂期」から「安定期」への変化

ファン歴が二桁を超えると、推しとの関係性は劇的に変化します。それは決して「飽きた」という言葉では片付けられないものです。

1. 「情報の全追い」を卒業する

最初の頃は、推しのすべてを知っていないと気が済まなかったですよね。
でも今は、無理に情報を追わなくても、彼らがどこかで元気に活動しているだけで安心できる。

これは「愛が薄れた」のではなく、彼らに対する「絶対的な信頼感」が生まれた証拠です。

2. 他のグループには目移りしない

倦怠期とはいえ、「じゃあ他の若いグループに乗り換えるか」とならないのが15年選手の不思議なところ。 自分の中の「推しの基準」がキスマイで完成してしまっているから、他の誰かを見ても「やっぱり違う」と戻ってきてしまう。これって、実はすごい愛だと思いませんか?

3. 「ライブに行くか迷う」のは、贅沢な悩み

「チケット代も高いし、体力的にもしんどいし……」 行く前はあれこれ理由をつけて迷うのに、いざ会場に入って、あの独特の香りと照明、そしてメンバーの笑顔を見た瞬間に、すべてがひっくり返る。

「あ、やっぱり私、この人たちが死ぬほど好きだわ」

ライブは、私たちにとっての「再起動ボタン」。一度押せば、また15年前のあの瑞々しい気持ちが、一気に心拍数を上げて戻ってくるのです。

心理学的に見る「倦怠期」の正体

心理学には「適応」という言葉があります。
人は強い刺激(情熱)を浴び続けると、心が疲れ果てないようにその刺激に慣れ、穏やかな状態を保とうとします。

つまり、あなたが今感じている「倦怠期」は、「これからも長く彼らを推し続けるために、心が省エネモードに切り替わっただけ」なのです。

必死に追わなくても、あなたの生活の背景にはいつもキスマイの音楽があり、メンバーの言葉が染み付いている。それはもう、イベントではなく「人生の一部」になっているということ。

「大人の推し活」を楽しむ3つのマインド

もし今、少し距離を感じているなら、こんな風に考えてみてください。

「義務」を「自由」に変える

「ファンならこれを見るべき」という義務感を捨てましょう。
見たい時に見ればいい。聴きたい時に聴けばいい。
自由でいることで、またふとした瞬間に「やっぱりキスマイ最高!」と心から思えるチャンスが訪れます。

自分のペースを誇りに思う

15年も続けてきたこと自体が、最高にカッコいい実績です。
SNSで熱狂している若いファンと自分を比べる必要はありません。
「私には15年分の思い出という財産がある」と胸を張ってください。

ライブは「同窓会」だと思って行く

迷ったら、とりあえず行く。
それは推しに会いに行くという以上に、「キスマイを好きな自分」を確認しに行く時間です。
あの空間に身を置くことで、日常で枯れかけていた心が潤い、また明日から頑張る活力が湧いてきます。

おわりに:15年目の愛は、誰よりも深い

キスマイのメンバーも、15年という月日の中で、泥臭く、不器用ながらも進化を続けてきました。私たちファンも同じです。

必死に追いかけ回す愛もあれば、遠くからそっと見守る愛もある。
今のあなたが感じているその「穏やかな倦怠期」こそ、15年という試練を乗り越えて辿り着いた、最も成熟した愛の形なのかもしれません。

これからも、自分のペースで、自分なりの熱量で。 彼らの歩む道を、私たちの人生と共に歩んでいきましょう。

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