50代の転職面接で感じた“年齢の壁”|2度目の面接で言われた屈辱のひと言

50代の再就職ストーリー

はじめに

「はぁ……また落ちてしまった。」

前回の記事でお話しした通り、私は再就職活動を始めてから、これまでに2社の面接で厳しい結果を突きつけられました。

今回は、そのうちの1社…。今思い出しても胸の奥がキリキリと痛むような、ある面接での出来事をお話しします。
それは、隠れお豆腐メンタルである私の形が、文字通り崩れかけそうになったほどの、過酷で、そして忘れられない時間でした。

扉を開けた瞬間、そこにはどこか穏やかな空気が流れていました。
面接官は二人。私と同世代の柔和な男性と、30代後半の落ち着いた男性。
部屋に満ちる柔らかい雰囲気に、私は不覚にも「今日は、しっかりと内面を見て対話ができそうだ」と安堵してしまったのです。

ですが、その淡い期待は、このあと残酷に裏切られることになります。

【履歴書の解剖】ネット検索までされた、重箱の隅をつつく執拗な質問

面接が始まると同時に、二人の面接官の視線は私の履歴書と職務経歴書に釘付けになりました。
驚いたのは、彼らが私の卒業した学校名までその場でネット検索し、その学校の「現在地」や詳細を
精査していたことです。

そこから始まったのは、まるで重箱の隅をつつくような、あまりにも細かく、執拗な質問の嵐でした。

「なぜ、前職をこれ以上継続しなかったのですか?」 「失礼ですが、この年齢で、我が社に入って具体的に何ができるとお考えですか?」

喉元まで「理不尽な雇用止めに遭ったからです」という言葉が出かかりましたが、私はそれを必死に飲み込み、曖昧な微笑みを浮かべて言葉を濁すしかありませんでした。
職歴の一つひとつをまるで解剖されるかのように審査される時間は、それだけで精神をすり減らすのに十分なものでした。

30人から5人へ。書類選考を突破した先に待っていた残酷な罠

面接も終盤に差し掛かった頃、年配の面接官が不意にこのようなことを漏らしました。

「今回の求人は、過去最高の30人を超える応募があったんですよ。特に50代・60代の方が殺到しまして、私どもも正直驚いているんです」

30人以上の応募。その中から厳しい書類選考を経て、わずか5人にまで絞り込まれた。
私は、その「5人」の中に残ってこの席に呼ばれたのだ…。その事実に気づいた瞬間、胸の中に小さな希望の光が灯りました。「チャンスはあるかもしれない」と。

しかし、彼は間髪入れずに、あまりにも冷徹な現実を突きつけてきたのです。

「求人票には『年齢不問』とは書きましたけれどね……。正直なところ、現場としては若い子が欲しいのもまた、事実なんですよ」

耳の奥で、すっと音が消えていくのが分かりました。
視界が急激に色を失い、頭の中が真っ白なノイズで埋め尽くされるような感覚。
彼はさらに言葉を続けました。

「今回の採用枠は一人だけなんです。だから、もし採用できなかったらごめんなさいね」

それなら、なぜ私をここに呼んだのでしょうか。
30人の中から5人を選び抜く過程で、私の年齢は最初から分かっていたはずです。
それなのに、期待を持たせて面接に呼び出し、履歴書を隅々まで解剖しておきながら、最後の最後で「年齢」という数字だけを理由に突き放す。
その矛盾に、心が激しく揺れ動きました。

同世代からの「同情」という名の、一番の屈辱

しかし、彼が放った本当に残酷なトドメの一言は、これだけではありませんでした。

「まあ、僕もあなたと同世代だからね、この年齢での仕事探しがどれほど切実な状況なのかは、
よく分かるんですよ」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が完全に冷え切っていくのを感じました。
「分かっている」というその同情こそが、私にとって一番の屈辱だったのです。
同世代という共感を盾にしながら、年齢の壁という理不尽な現実を「仕方ないよね」と処理し、
目の前で静かにシャッターを下ろしてくる。

叫び出したい衝動を喉の奥で抑え込みながら、私はただ、引きつりそうな微笑みを崩さずにその場を乗り切るしかありませんでした。

重い扉を閉めて会社の外に出ると、空は私の心を見透かしたような土砂降りの雨でした。
雨粒が地面を叩く音を聞きながら、私は自分の直前に面接を受けていた20代の女の子の姿を思い出していました。
光を吸い込むようなハリのある肌、未来しか持っていないその真っ直ぐな背中。

彼女が持っていて、今の私が失ってしまったもの。それは「経験」や「スキル」といった努力でカバーできるものではなく、企業側が欲する「これから働ける時間の長さ」という、残酷なまでの数字の差でした。

【大人の矜持】年齢の壁に直面しても、背筋を伸ばし続けた理由

若い頃は、頑張ればすべての問題が解決できると信じていました。
「年齢なんて関係ない、実力次第だ」と笑い飛ばしていた時期もありました。
けれど、50代後半の目の前に現れたのは、個人の努力や気合だけでは一歩も動かせない、巨大で無機質な「年齢」という壁の存在でした。

しかし、年齢を重ねることは、決して罪ではありません。
私たちミドル・シニア世代には、これまで必死に生きて積み上げてきた知恵、人への深い優しさ、そして若さゆえの鋭さを削ぎ落とした後に残った、しなやかな強さがあります。
若い頃には決して持てなかった財産を、私たちは間違いなく持っているのです。

だからこそ、私はあの面接の場で、決して惨めな姿を見せませんでした。
どれだけ心を折られそうな言葉をぶつけられても、最後まで背筋を伸ばし、にっこりと微笑みを返して部屋を後にしました。
その一瞬の「大人の矜持(プライド)」だけは、誰にも奪うことはできないからです。

よく考えてみれば、私は「30人以上の応募者の中から、書類選考を突破して5人に選ばれた」という確かな実績を作ったのです。
私のこれまでの経歴は、決して全否定されたわけではありません。

まだ私は、戦いの土俵にしっかりと立っています。
「本当によく頑張ったね、私」 土砂降りの雨の中、自分にだけ聞こえる声でそう呟きました。
明日もまた、この少し重い足で、新しい次の扉を叩きに行きます。
理不尽な数字だけで、私のこれからの人生を終わらせてたまるものですか。
私は私を、絶対にあきらめません。

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